小田原の謎(13) 地名は正しく読めるようにしよう!

Kanatecは小田原ネイティブではありません。2000年に横浜の在(=いなか、多くの場合は都市の周辺の意味)から引っ越してきて、22年になります。かつて住んでいた「横浜の在」と「小田原市の郊外」と比較すると、間違いなく小田原の今の方が「アーバン」です。そんなもんです。

生誕の地、イモフライミツハソースの栃木県佐野市の在住期間は21年位なので、いつの間にか最長居住記録を更新してました。でも、今でも魂はイモフライとミツハソースで構成されてます。

小田原市内にはなぜかインド&ネパール系のカレー屋が増えてますが、ここは「デスカバー・ジャパン!」、イモフライ屋が出店して欲しい。サイドメニューは、もちろんイモ入り焼きそば!

なぜか、子供の頃〜成長期を過ごした佐野市の21年の方が、圧倒的に長くて濃密な日々に感じるのがとても不思議。学校帰りに買い食いしたイモフライは、確か1本=15円だった記憶が。イモフライとイモ入り焼きそばが食べたい!!

■今回の調査の目的

ここ数年、いろいろ小田原関連のレポートを書いてますが、「文字では正しく書けるが、正しく読めていない」町丁名が多数あります。町丁名の読み方は、人のお名前の読み方と同じ、とっても大切なものなので、しっかり勉強してみたいと思います。

なお、このレポートでの町丁名の読み方は、MapFanのWebサイトを参照してます。もし違ってたら、MapFanに修正依頼をお願いします。

■町丁名の正しい読み方のお勉強

難読地名(1):知らないと読めないケース
  • 入生田 イリュウダ
    自民党の統一教会シンパの議員さんは萩生田(ハギウダ)と読むようです。また、日本語で唯一「ミュウ」と発音をするのは「大豆生田(オオマミュウダ)」さんのお名前だけと国語の先生に習った。栃木県佐野市には普通にある苗字です。
  • 飯泉 イイズミ
    「イイイズミ」ではありません。ちなみに横浜にある上大岡は「カミオオオカ」と「オ」3つ。
  • 栢山 カヤマ
    栢=柏なので、学のある方でも「カシワヤマ」、頑張っても「カヤヤマ」としか読めそうにない。
  • 上町 カノマチ
    もう知っているか、知らないかしかない。
  • 上新田 カミシンデン、他
    「ニッタ」ではありません。他にも下新田とか「○○シンデン」関連は色々あります。「新田開発」の「シンデン」です。
  • 国府津 コウヅ
    PCでのローマ字変換入力は、読み仮名通り(KOUDU)で、これに気づくまでが結構難しい。住所や駅名としてのローマ字表記は「KOZU」が多いが、明らかに日本語の読みとは違っている。
  • 米神 コメカミ
    横浜在住の頃から、磯釣りイベントでよく遠征して訪れてました。その頃は何の迷いもなく「ヨネガミ」って読んでいました。すみません。
  • 小八幡 コヤワタ
    「ヤハタ」と読むか「ヤワタ」と読むか、それとも「ハチマン」か?
  • 曽我光海 ソガコウミ
    「曽我」は梅園とみかん山だけと勝手に思っていましたが、とても大きな病院/老人福祉施設/医療系の教育機関があります。下曽我駅の西側に駅前ロータリーがありますが、残念ながら駅には西口はなく、周辺地域は再開発しそこなった感あります。
  • 成田 ナルダ
    非ネイティブのほとんどは「ナリタ」と読みます。
難読地名(2):読み方次第のケース

「小」を「オ」と読むか「コ」と読むか?これは読み間違っていても許して欲しいですが、地名や人名の正しい読み方はしっかり覚えましょう。

  • 小竹 オダケ
  • 小船 オブネ
  • 小台 コダイ
難読地名(3):濁るか濁らないか?

これも間違っていても許して欲しいですが、しっかり覚えましょう。

  • 桑原 クワハラ
  • 下堀 シモボリ
  • 曽我岸 ソガキシ
  • 高田 タカタ
  • 中曽根 ナカゾネ
  • 西大友 ニシオオドモ/東大友 ヒガシオオドモ

■町丁の所在地の確認

みんなの行政地図」がシンプルで分かりやすい。よく見るといろんな謎も見えてきましたので、過去の調査結果をまとめてみます。

■「地区」とは?

小田原市の行政区分では、町丁名の他に「地区」という識別があります。これがわからないと、ごみ収集してもらえませんし、ハザードマップも参照できません。

ごみ収集とハザードマップ以外にこの「地区」という識別が何の意味を持つか、この機会に調べてみましょう。

小田原市自治会総連合会のWeb

色々調べていたら「自治会連合会区域マップ」というのを見つけました。どうも小田原市の「地区名」は「自治会の地域集合体である連合会の名称」と同じようです。そして「自治会の連合会の名称」は、現在の小田原市を構成している昔の町村名に繋がっているようです。

■昔の町村名

町丁の読み方から、謎の「地区名」へ、さらに現在の小田原市を構成している昔の町村名に話題が広がってきました。(発散もしくは脱線ともいう)

  • 1875(M8) 小田原町設置
    構成町村=新玉(浜町R1北側付近)、万年(浜町R1南側付近)、幸(本町付近)、緑(栄町付近)、十字(南町付近)
  • 1908(M41) 足柄村設置
    構成町村=蘆子村、二川村、久野村、富水村
  • 1940(S15) 小田原市設置
    構成町村=足柄町(荻窪以北 ※1)、大窪村(板橋以西 ※2)、早川村、酒匂村の一部
    ※1:荻窪、谷津、池上、井細田、多古、久野、蓮正寺、中曽根、飯田岡、堀之内、柳新田、小台、新屋、清水新田、北ノ窪、府川、穴部、穴部新田
    ※2:板橋、水之尾、風祭、入生田
  • 1948(S23) 下府中村(※3)と合併
    ※3:下堀村、中里村、矢作村、鴨宮村、上新田村、中新田村、下新田村および今井村、酒匂村飛地
  • 1950(S25) 桜井村(栢山付近)と合併
  • 1954(S29) 豊川村(飯泉、成田、桑原付近)、酒匂町、国府津町、上府中村(高田村、千代村、永塚村、延清村、西大友村、東大友村、別堀村)、下曽我村、片浦村と合併
  • 1956(S31) 曽我村(一部)と合併
  • 1966(S41) 第1次住居表示整備事業の開始
  • 1970(S45) 橘町と合併
  • 現在に至る

日本三大愚策の一つ「住居表示整備事業」によって、昔からの大切な地名が、特に市中心部の住居表示から消えてしまい、「地区名」の意味が分かりにくくなったようです。
これに対し、小田原市も自治会も、未だ旧地名を「地区名」として残しているようです。