小田原の謎(5):山王川は蛇行していた

ご近所を流れる山王川は、昔クネクネと蛇行していました。

(地図はツナガルマップより、一部加筆)

この地図の青い線は、今から100年ほど前、1916年(大正初期)の山王川の河道です。

この地図を現代の地図に重ねる際の位置決め用として、江戸時代からその場所が変わってないと思われる甲州道の井細田大橋、東海道の山王橋並びに本町交差点を、赤文字でポイントしてあります。

そして、100年ほど前の地図による山王川を、現代の航空写真に重ねてみると・・・

(国都地理院の航空写真より、一部加筆)

結構、今の河道とは異なってます。

1)山王橋は東海道にかかる橋なので、江戸時代からずっとその位置は変わっていないとおもわれます。

2)山王橋のすぐ北側(上流部分)で左岸方向に蛇行しているあたり、現在でも周辺より低地になっており、排水路も流れているので、当時の名残かもしれません。

このあたり、確か今から20年ほど前、豪雨で山王川が氾濫(注1)して浸水したと記憶してます。ちょうどその時、福岡市の出張先でテレビを見ていて、突然自宅周辺の報道映像が流れてとても驚きました。

(注1)山王川が増水・越水し氾濫したのではなく、排水路に流れ込んだ雨水が山王川に排水できなくなったことによる内水氾濫かも?

(Googleストリートビューより)

3)JRのガード部分、1920年の省線熱海線 国府津~小田原間 開通の際に位置が決まっているので、この地点も当時と同じようです。

4)井細田大橋の場所も、甲州道に掛かる橋なので、昔からその位置は変わってないようです。

これ以外の「旧河道」部分は、今は住宅地になっており、全く特徴も当時の痕跡もないです。